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世界遺産登録15周年記念企画展「修験道〜実利行者と大峯奥駈道〜

期  間: 令和2年 2月22日(土)〜3月29日(日) ※会期中無休

時  間: 午前9時〜午後5時     

場  所: 企画展示室

入 場 料: 無料

<内容> 
 修験道の開祖と仰がれ、日本の宗教史に重要な足跡を残した役小角。日本各所に多くの開創伝承を残し、霊場「吉野・大峯」およびその吉野と和歌山県の熊野を結ぶ「大峯奥駈道」もその一つです。「大峯」は吉野と熊野三山との間を結ぶ大峰山脈の総称で、山岳での実践行を重んじる修験道では、山に入って苦行を重ねながら踏破することを「奥駈」あるいは「峰入」と称して重視し、特に大峯はその舞台でもあります。この「大峯」を南北に貫く約80qの尾根道を大峯奥駈道と称し、経路の大半は標高千数百m級の山々を越える山岳路で、七十五ヶ所の行場「靡」があり ます。
  この大峯では歴史上多くの修験者が修行を実践していますが、その一人に明治の初めころ活動した林実利が知られます。
 林実利は天保14(1843)年美濃国恵那郡坂下村(現岐阜県中津川市坂下)の農家の生まれで、俗名を林喜八大と称し、慶応3(1867)年25歳の厄年を契機に出家をし、諸国の霊地を回って修行をした後、修験道の根本道場とされる大峯での修業を開始しています。大峯では数回にわたって難行苦行の千日行を実行し、明治5(1872)年の修験道禁止令に従わず投獄されています。その後、中部から関東・東北にかけて回国修行し、出生地である美濃坂下も修行のため滞在しています。その美濃坂下には、実利行者入定後の明治35年に建てられた「実利教会」が今日も実在し、多くの信者が今なお存在します。回国修行を終えた実利行者は明治14(1881)年より熊野修験者となり、同17(1884)年42歳の時に那智大滝に身を投げて「捨身行」を実践しました。
  本展では、修験道の根本道場といわれる大峯および大峯奥駈道の変遷について紹介し、また、捨身行を実践した実利行者の修験者としてのふるまいと、さらに行者を支援した山麓の村々に残る史料を紹介し、行者とその村々とのつながりに迫ります。

≪展示構成≫
1.修験道について
  日本古来の山岳信仰に密教や道教などをとりいれた修験道は、日本固有の宗教として成立しました。その修験道について概観します。

2.霊場「吉野・大峯」と「大峯奥駈道」の歴史

 約1,300年前に開かれたといわれる霊場「吉野・大峯」と峰入の舞台として知られる「大峯奥駈道」の変遷について紹介します。

3.実利行者の生涯
 大峯山麓の村々に残る史料や史跡から、実利行者と村々とのつながりに迫ります。


       
        実利行者像           不動明王像
    (下北山村 北徳治氏蔵)   (下北山村 福山明広氏蔵)

 
   実利行者 遺書(写し)                     実利行者 旅日記
 (下北山村歴史民俗資料館蔵)              (下北山村歴史民俗資料館蔵)

  
     実利行者遺品 ほら貝                    実利行者 ひょうたん
     (下北山村浦向地区蔵)                   (下北山村浦向地区蔵)


≪関連イベント≫
■講演会「大峯奥駈道を歩く〜80q踏破の記録」
 奈良県吉野と和歌山県熊野三山を南北に結ぶ山岳路の大峯奥駈道。経路の大半は標高千数百m級の山々を越える険しい起伏に富んだ尾根道で、随所には行場が設けられ、今なお多くの修験者が行を実践しています。
  本講演会では、吉野から熊野三山の一つ熊野本宮大社までの山稜約80qにわたり調査した記録を、写真を交えながらお話しします。

日 時:令和2年2月23日(日) 午後1時30分〜午後3時
入場料:無料
定 員:80名(要申込、先着順)
場 所:展示棟映像ホール
講 師:橋本博(熊野古道センター職員)
受 付:1月20日(月)〜2月22(土)※定員になり次第締切







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