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イベントレポート

 熊野古道センターにてこれまで開催してきた各種イベントの様子をご紹介します。

平成30年12月8日(土)新しい古道の歩き方「鉱山の遺構探訪~旧紀和鉱山坑道歩き」を開催しました!!

2018年12月08日

板屋選鉱場跡
石原鉱産株式会社紀州事業所長の匠伸祐さんにご案内いただき、熊野市紀和町内に残る、旧紀和鉱山跡を訪ねました。
 紀和町は鉱山業が盛衰を繰り返した地域として知られていますが、その歴史は古く600年以上も昔から採掘が行われていました。
 明治半ば以降、鉱山開発が急速に進み、昭和9年から石原産業による大規模な開発が行われるようになり、楊枝川を中心に開発がすすめられました。板屋に東洋一といわれた大選鉱場が建設され、地下鉱脈の探査と運搬路の新設のために隧道が掘られ、各堀場から搬出された鉱石が軌道によって効率よく選鉱場へ運ばれるようになりました。
 大選鉱場ができ産業の中心だった板屋の町は、従業員の社宅や学校、病院の他、商業施設も立ち並び、昭和40年代まで城下町のような賑わいを見せていました。
鉱山の歴史 今回のツアーでは、板屋選鉱場跡や鉱石の運搬に使われた坑道など、半世紀近くにわたり紀和町の繁栄を支えた旧紀和鉱山の遺構を訪ね、その歴史に触れていただきました。
 実は、今回のツアーは、今年の2月に開催を予定していて中止になった企画でした。前回もたくさんの方にご応募いただきましたが、今回も50名以上の申し込みがあり、抽選で選ばれた20名の方にご参加いただきました。遠くは大阪や四日市、松阪などからご参加いただいた方もいらっしゃいました。普段は非公開の場所へ立ち入ることができるということで、みなさんの関心も高いようです。
 現地を訪れる前に、熊野市紀和鉱山資料館にて旧紀町の鉱山の歴史について学びました。
堀さんによる解説職員の堀さんが、軽快なトークで鉱山の歴史や鉱石の紹介、館内の案内をたっぷり1時間かけてして下さいました。






匠所長の案内でその後、匠所長にバトンタッチしていただき、全員、ヘルメットとヘッドライトを着用し、徒歩で板屋選鉱場があった場所へ移動しました。







普段は立ち入り禁止です














選鉱場から紀和の町が見渡せます
こちらは、コンクリートの基礎が残っており、当時、東洋一といわれた選鉱場の姿が想像できます。一日の処理量は2000トンにも及ぶ大選鉱場でした。この選鉱場へ運ばれてきた石は、粉砕され、選別されて、銅精鉱になり、精錬会社へと運ばれていきました。工場は高低差約70メートルの山の斜面を利用し、13段に区切られており、坑内から運ばれた鉱石を、手選→粗粉砕→重液選鉱→磨鉱→浮遊選鉱→脱水の各工程を順次経て、鉱山の最終製品である銅精鉱にしました。この場所は普段は立ち入り禁止となっていますが、年に数回ライトアップされるなど、熊野市の名所として地域の方にも親しまれています。
 暗い坑道内を歩きます今回はこの選鉱場へ鉱石を運ぶために利用された坑内の道(隧道)も歩かせていただきました。広く張り巡らされた隧道の長さは13,436.5メートルにも及び、今回は主に現在湯ノ口温泉のトロッコ電車が走る3号隧道と5号隧道(約1キロメートル)の区間を徒歩で案内していただきました。また、特別に6号隧道にも入らせていただき、鉱脈を見学することができました。壁面の至る所に青く美しく輝くものが見られ、参加者も興味深く観察していました。湧き出た水と銅の成分が反応しこのように美しい青色になるということでした。



きれいなブルー約1時間歩いてトンネル出口へ到着しました。湯ノ口温泉の施設が見えています。この先にもトンネルがありますが、現在はこの中で椎茸の栽培をされているそうです。年間を通して一定の温度が保たれている坑内は椎茸の栽培に適しているようです。トンネル出口に到着









 さて、ここからはトロッコ電車に乗って歩いてきた道を戻ります。約10分間のトロッコの旅を楽しんでいただきました。清流荘駅に到着してみなさん満足そうな表情をされていましたが、ここで、匠所長が駅の裏側にある隧道を案内してくださいました。このサプライズに参加者からは喜びの声が上がりました。足取りも軽く、最後の隧道へと向かいます。
 こちらは、惣房へと続く8号隧道の入口です。入口から数メートルの間には、冬眠中のキクガシラコウモリが至る所に。飛ばないとわかっているので、「かわいい!」と、間近での撮影に夢中になる参加者も。マントを被ってぶら下がっている姿がかわいいですね。
冬眠中のコウモリをカシャッ!














 鉄バクテリアって何?さらに奥まで進み、塀を乗り越えると、濁った水が溜まった水路があり、何やら油のようなものが浮いています。匠さんの説明によると、油のように浮いているのは鉄バクテリアと呼ばれる細菌だそうです。この細菌が生成する沈殿物と皮膜で水が汚れているように見えますが、実は、これが水をきれいにしてくれているのです。水の除鉄にこの鉄バクテリアが利用できるのではないかと、研究が進められているようです。紀州鉱山が昭和53年に閉山して40年が経ちますが、匠さんたちは閉山管理業務を続けていらっしゃいます。閉山して終わりというわけにはいかないのですね。
 今回のツアーは、盛りだくさんの内容で、紀和町の鉱山の遺構を巡ることができ、参加者からは「鉱山のことが良く分かり、有意義な一日だった」「普段見ることのできない坑道や鉱脈を見ることができてよかった」「初めての体験で良かった」「また、企画してほしい」などの感想をいただき、とても満足していただけた様子がうかがえました。
 このようなツアーはめったに開催できませんが、熊野市紀和鉱山資料館には鉱山の歴史について学べる資料が多く展示されています。興味のある方は是非資料館を訪れていただきたいと思います。きっと、堀さんが丁寧に案内してくださることでしょう。鉱石を運んでいた本物のトロッコ

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