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イベントレポート

 熊野古道センターにてこれまで開催してきた各種イベントの様子をご紹介します。

令和元年9月15日(日)講演会「尾鷲ヒノキでつくる木造建築・熊野古道センター」を開催しました!!

2019年09月15日

講演会の様子建築家・広谷純弘さんを講師にお迎えし、熊野古道センター建設の裏側についてお話いただきました。
 熊野古道が世界遺産登録されたことを記念して建設された熊野古道センターについて、設計者である建築設計所アーキヴィジョンの一員として建築に携わった広谷さんに、熊野古道センターがどのようにして造られたのか、造るためにどのようなことをしたのかなど、見えない部分についてお話しいただきました。
 はじめに、建築家が建築についてどのように考えているか、他の建物を見せていただきながら解説していただきました。
 たとえば、絵や彫刻のように、アーティストが自分の内なる声を聴き、深く自分と対話して作品をつくるのと異なり、建築は他者との対話の中で生まれてくるもの。だから建築はそれだけで自立して存在せずに、必ず何かとつながっている。「建築とは何か、自分にとって、建築とはどういうものか」と建築家が深く考えるのは大切だけれど、むしろ「その建築で何ができのか」というような、広がりのある志向が最も大切だという考え方を「つながる建築」と表現されました。
 幼稚園の建築では、「空の家」をテーマに、立体絵本をつくるような感覚で設計されたそうです。
 それは、保育園の空間自体が絵本の中に入ったような仕掛けがされています。各保育室に小さな部屋があり形の違う高い屋根があり、ある部屋の壁には椅子が逆さまに取り付けられています。その椅子にはどんな人が座ることができて、どんな物語があるのか、先生や子供達が物語の続きを考えるという仕掛けです。また、ある部屋には色の違う掛け時計が並んでいて、すべて時間が違っています。時空を超えた創造の世界で起こっている物語について語り合うことができる部屋です。このように、保育園自体が立体の絵本になっていて、その中で時間を過ごす子供達が自分で遊びを見つける仕掛になっています。夢が広がる建築物です。
 また、広谷さんは、建築の設計は旅に似ているというお話もされました。形を探すのではなく、答えるべき問いを探すというものです。
 保育園では、立体的な絵本にしよう、生活を連続した時間の中で子供たちに与えよう、産業観光を実現するためにものづくりの現場からのメッセージを建築で表現しようなど、建築には様々なテーマがあります。
 旅の支度のときに、準備したものを眺めながら、足りないものはないかと考えます。その時、旅行の目的を考えると、おのずと必要なものが見えてくるのです。もちろん必要でないものも出てきます。
 敷地や工事費など建築を設計する時に必ず出てくる与条件以外に答えるべき問いが必ずあるはずで、それを探すことが設計において大切なことです。
 熊野古道センターにおいては、新しい「日本の風景」をつくるということが建築の目的でした。
(以下広谷さんの言葉)
 初めて熊野古道「馬越峠」を歩いた時、緑と苔むした石の道が織りなす風景の美しさに心を打たれた。しかしこの風景は植林と土木工事によって造られた人の手によるものである。ここでは人がつくった空間が長い時間をかけて「日本の風景」と呼べるすぐれた風景を創出している。そうであるならば、私たちが提案する熊野古道センターも、長い時間をかけて周囲の景観と連続し、「新しい日本の風景」と呼べる空間をつくりたいと思った。
 そこで地元尾鷲のヒノキを用い、時間とともにその表情を変え、周囲の景観と連続する新しい木造建築を模索した。新しい木造建築といっても、私たちのイメージしたものは突飛なものではなく、むしろ伝統的な日本建築に近いイメージであった。それは日本建築の木組みの技術は木構造においては合理的であるし、深い庇も雨の多い尾鷲にふさわしい形だと感じていたからである。ただ、敷地が山から海へと段状に構成された風景を持っているため、そこから大きく突出する勾配屋根ではなく、段状の風景に溶け込むような水平性の強い建築がふさわしく思えた。そしてそのような木造建築を現代的な技術とデザインで実現したいと強く感じた。
 また、博物館という建築の持つ機能から、展示空間は高い天井と途中に柱のない大スパンの空間がふさわしい。しかしそのために、樹齢の高い大木を大量に切ることはできないし、大断面の集成材では折角の尾鷲ヒノキの持つ肌合いが損なわれてしまう。何とか樹齢60~80年くらいの無垢材で、必要な空間を実現させたいと試行錯誤の上、135mm角の尾鷲ヒノキの無垢材のみを組み合わせて、博物館に必要な空間と深い庇を実現し、木組をイメージさせる構造方式をつくりだした。それが、等断面集積木材工法である。
 またこの構造材は、伐採されて乾燥・製材され、建築部材に至る全プロセスにおいて明確なトレーサビリティーが確立されていることも大きな要素である。なぜならこのことによって、この建築が循環する山林の環境の一部になっているからである。
 熊野古道を歩けば、木が伐り出されて新たな植林がされた場所に出会う。この山から伐り出された木材で熊野古道センターは作られて、また山は木が植えられる。営まれる林業と持続可能な環境のリングの中にこの建築が組み込まれていることに建築家としての幸せを感じる仕事でした。
 自分たちの予想を超えた建物ができたあとは、なかなかこれを超えた建物の設計が出来なくて困っているが、またいつかこれを超えるような建築が創れたら、兄弟のような新しい木造建築が創れたらいいなと思います。
(以上、広谷さんの言葉)
熊野古道センター建設当時の様子熊野古道センター建設当時の様子








 熊野古道センターができるまでのプロセスでは、構想から完成に至るまでの様々な工程を、一般の人が目にすることのできない現場の写真や図面を表示しながら、わかりやすく解説していただきました。
 また、講演終了後には、参加者からの質問に丁寧に答えていただき、建築物としての熊野古道センターの構造や魅力、地域の林業家たちの想いなどについても理解を深めていただくことができました。
 参加いただいた方の声を、少しですがご紹介します。
「改めて古道センターの建築の凄さを感じました。特に尾鷲ヒノキ材一本一本のトレーサビリティは凄い。」、「建築家の夢について語っておられるような気がした。」、「いつも見ているセンターの建物を別の視点から見せていただき、自然との調和、美しさを実感した。」、「建築家の方のコンセプトから設計のスタンスが聞けて良い機会でした。」、「センター建物の良さ、造ることの難しさ、創造する楽しさ。面白いお話でした。」
 このほかにもたくさんの感想が寄せられました。今回80名の方にご来場いただき、映像ホールは満席となりましたが、「もっとたくさんの人に今回のような話を聞いてもらいたい。」という嬉しいご意見もいただきました。
完成した熊野古道センター 建築に関する専門的なお話をきくことができる機会は少ないと思います。熊野古道センターは完成から13年を迎えますが、20年、30年と時間を重ねることで、地域の風景の一部となり、人々に愛される建築物となることでしょう。そういう節目の年に、またこのような建築に関する講演会やシンポジウムを開催することができれば素晴らしいことだと思います。
 さて、世界遺産登録15周年に関する事業はまだまだ続きがありますので、熊野古道センターホームページでチェックしていただき、みなさまお誘いあわせの上ご参加いただけましたら幸いです。
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